ホーム →原稿アーカイブ →

偏愛変な小説ベスト3

鯨井久志
初出:『本の雑誌』2025年6月号 特集〈変な小説!〉


「変な小説」には目がないので、寄稿依頼をもらって大変にうれしかったのだが、セレクト段階に至って、はたと悩んでしまった。「変な小説」はその性質上、入手性に困難を抱える作品が多いのだ。それもそのはず、「変」とはすなわち規範からの逸脱である。逸脱が規範に回収されては、もはやそれは「変」とは呼べない。要するに、猛烈に深く刺さる読者がいる一方で、一般に広く読まれるのはあまり期待できないということだ。今回は「なるべく入手可能なものを」という注文だったので、国会図書館デジタルコレクションで読める作品はセーフということにして選んだ。実際に、テメルソン以外の二作はデジコレで読める。

『運転席』は、精神衰弱と思しき主人公の女が自分を殺してくれる男を探して異国の街を彷徨い続ける話。フラッシュ・フォワード的にたびたび殺人の場面が挿入されるものの、一向に女の望みは成就しない。こいつが目的の男か!と読者が思っても、延々とスカされ続けるのだ。一見正常ながらも、どこか奇妙な神経症的描写が三人称で淡々と綴られる中に、女の猛烈で了解不能な強迫観念への執着が垣間見え、不穏な雰囲気が終始漂う怪作だ。

『バドティーズ大先生のラブ・コーラス』は、サンリオSF文庫で出たものの、どう考えてもSFではないだろうという謎の作品。原題を『扇風機男』というように、扇風機を持って歩き回る男が主人公であり、その男こそがバドティーズ大先生(ただし自称)だ。彼は家出少女たちを集めて合唱隊を作るべく(なぜ?)、ニューヨークを彷徨い続けるヒッピーである。しかし、何かしようとした途中で目的を忘れてしまうこともしばしばで、それが不条理極まる行動として表れる。オフビートな文体で語られるスラップスティックなエピソードの連発で、若島正氏は「マイナスのカードを全部集めたらプラスになったみたいに、コッツウィンクルの意図に反して傑作になってしまった」作品と評しているが、まさにそんな印象を受ける。

『缶詰サーディンの謎』は、変な小説好きにはたまらない叢書〈ドーキー・アーカイヴ〉からの一冊。黒いプードル爆弾(!?)によって暗殺されかける哲学者、作家の妻とその秘書の同性カップル、謎の天才数学少年、そしてテロ事件と缶詰サーディン工場を巡る謎……。あらすじを要約することを拒む、まさに奇々怪々な小説。そして最後のオチというか、全ての決着の付け方もぶっ飛んでいる。これはぜひ実際に読んで確かめていただきたい。